2017年08月12日

8月9日の記事

http://blog.goo.ne.jp/sadalon/e/0b6e8c98df12232d5b8f49ad952c492f


 いずれも前の皇統と婚姻関係を結んでいるわけです。これは政略結婚といったレベルではなく、

「女王」を妻に迎えなければ天皇としての正統性を認められなかった、と解釈するべきなのかもしれ

ません。


<<蘇我入鹿>>

http://www5b.biglobe.ne.jp/~yoropara/mretu/mretu00127.htm

蘇我蝦夷の子。
「鞍作」「林臣」「林太郎」「蘇我大郎」とも書かれる。
「入鹿」の名は後世『日本書紀』編纂時に付けられた穢名とする説が有力である。
蘇我氏本宗家。

>>鞍作=司馬達等~嶋

そして、厩戸王子(聖徳太子)、蘇我馬子・・・

<<古代中国の刑罰>>

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9D%E3%81%8E

古来中国では劓(鼻切り)は大辟(死罪)・刵(耳きり)・椓(宮刑)・黥(墨刑=入墨刑)と共に主要な刑罰(五刑)の一つとされていた。
秦の始皇帝がこの刑を好み
各国の捕虜に対しこの刑を行ったために鼻の有る者のほうが珍しいとされる町が存在したほどであると始皇帝の子の教育係であった趙高が伝えたとされる。

<<気比神宮>>

http://www.genbu.net/data/etizen/kehi_title.htm

『古事記』仲哀記には、以下の記述がある。
建内宿禰命が、太子(誉田別命、後の応神天皇)を連れて、禊に訪れた時。
当地に坐した伊奢沙和気大神が、夜の夢に出現し、

「吾が名を御子の御名に易へまく欲し」と告げた。

さらに、「明日の旦、浜に幸すべし。名を易へし幣献らむ」。

翌朝、浜へ行くと、鼻の傷ついたイルカが浦いっぱいに集っていた。

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>>応神天皇の神軍=「罪人にされた蘇我入鹿の一族??」

「鼻そぎの刑」は秦の風習⇒中大兄王子や中臣は「秦氏系」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E6%B2%B3%E5%8B%9D

没したのは赤穂の坂越とされ、神域の生島には秦河勝の墓がある。
一説には流罪に遭ったためという[要出典]。
この坂越湾に面して秦河勝を祭神とする大避神社が鎮座している。


>>蘇我氏は「秦に滅ぼされた~呉・越系」  ((汗))

アイヌ人に「刺青の風習」⇒秦氏の「奴隷だったかも??」
中近東系の濃い顔・・・

海神族にも「刺青を入れる風習があった見たいだけれど??」


<<呉(句呉)>>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E4%BC%AF%E3%83%BB%E8%99%9E%E4%BB%B2

父の意を量った太伯と虞仲は、季歴に後を継がせるため荊蛮の地へと自ら出奔した。
後になって周の者が二人を迎えに来たが、二人は髪を切り全身に刺青を彫って、自分たちは中華へ帰るに相応しくない人物だとしてこれを断った。

神功皇后が「蘇我入鹿の一族」で~蘇我本宗家。
天智系によって「罪人」⇒「刺青や鼻そぎ・耳そぎ」をされていたら・・・
三韓出兵の際に「仮面を被っていた!」
とか「応神天皇が~武内宿禰との子供では??」って噂も・・・

でも気比神宮の伝承では「武内宿禰が~王子を連れて来た。」ってあるから・・・??

<<妻問婚>>

http://bushoojapan.com/tomorrow/2016/04/22/74617

http://jiyodan.exblog.jp/11911616/

自分の娘が自宅で出産すれば~相手の男が誰だろうと・・・
「血の繋がった子供」

そして、子供も「貴重な労働力」

天皇の子供でも「その子供(王子)が本当に天皇の子供かどうか??(血が繋がっているのか)証明するものが全く無い。」
でも女王の産んだ子供は、相手が誰であれ~「女王の子供。」⇒すり替えない限りは・・・

自分の財産や地位を「血の繋がった子供に譲りたい。」⇒母系社会に成ってしまいます。
姓(かばね)⇒「女の生まれた家柄」

武家の父系社会になっても「身分の高い女性が~正室」⇒跡継ぎ。
身分が低ければ~側室止まり。

>>海神族は「男が留守の間」~邑(一族)を仕切るのは「女性」
また、男も「港~港に女在り・・・」  ((笑い))
妻問婚は~海神族の風習かもね??


物部布都姫と蘇我馬子の子供は「二重国籍」  (笑い)
蘇我氏でも物部氏でも~都合の良い方。
「蘇我物部氏」「物部蘇我氏」⇒ややこしいので「新しい氏族の名前を付ける場合も・・・」

違う名前なのに「本当の兄弟の場合も・・・」
兄弟なのに「異父兄弟・異母兄弟の場合も・・・」
兄弟として育ったのに「全く血が繋がっていない場合も・・・(義理の兄弟)」

>>もし「蘇我入鹿が物部大臣を名乗っていたのが事実」だとすれば
物部を名乗る方がメリットが多い⇒それだけ勢力が強い(権力を手中にしやすい!!)
**蘇我馬子が物部(弓削)守屋を滅ぼしたのに??
⇒それだけ「物部布都姫の権威が高い!!」って事に成りますね。

だから物部布都姫が「財産目当てで~蘇我馬子に加担??」ってのは、話が合いませんね?!
弓削守屋が権力目当てで「物部宗本家に近づいた・・・」
⇒「弓削道鏡事件と言い・・・」~破門?!


<<鹿島神宮>>

http://www.genbu.net/data/hitati/kasima_title.htm

境界を守る神とする説がある。

神紋は、三つ巴。
本殿には、他にも桐紋や、鳳凰紋なども見られる。

鹿島神宮の「一之鳥居」は、当社の西方、神宮橋の近くの大船津に建っている。
鹿島神宮公式サイトの写真を見ると、現在の大船津の「一之鳥居」は海中に立っている。
老朽化により日本一の水上鳥居に建て替えられたそうだ

<<大鳥大社>>

http://www.genbu.net/data/izumi/ootori_title.htm


<<宇佐神宮>>

http://www.genbu.net/data/buzen/usa_title.htm

順に、応神天皇・比賣大神・神功皇后を祀る。
どう見ても、比賣大神が主祭神であるような印象を受ける。

土族宇佐氏の祀る神であり、原始神道の神であったと思われる。

その後、渡来系の辛嶋氏が祭祀の中心となってヤハタ神となり、
さらに大神氏へと移行する中で応神信仰となって、複雑な形へと変化した。
また、仏教との習合も早く、その影響も大きい。

祈ると、翁は3歳の童子に姿を代え、竹の葉の上に立ち、
応神天皇であることを告げる。

⇒鷹(タカ派)と鳩(ハト派)   www

八頭の鍛冶翁が~金色の鷹や鳩に変化・・・   www
「鉄器関係だったんでしょうか??」

>>武神系

完全な「父系社会」⇒女性に武人を育てるのは難しいから・・・

まぁ血筋が良いのには越した事は有りませんが・・・
高い地位の武人ほど~より強い武将が群がって来る!
実力が無いと~死ぬだけ!

貴族の箱入り娘よりも~海神族のしっかりした女性の方が合う??
また、海神族の男性が居ない間、邑(一族)~国を守ってくれる武神系は海神族にとっても良い?!
他の女の所ばっかり行っているよりも・・・??

武神系も良い刀や馬を買うのに・・・
平和なs時代ならともかく~権力闘争が全盛時代


<<シルクロード>>

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89

中国から北上して、モンゴルやカザフスタンの草原(ステップ地帯)を通り、アラル海やカスピ海の北側から黒海に至る、最も古いとみなされている交易路。この地に住むスキタイや匈奴、突厥といった多くの遊牧民(騎馬民族)が、東西の文化交流の役割をも担った。

スキタイ系~匈奴・秦~高句麗・新羅・・・「白国」

インド・アーリア系~東南アジア・唐~百済・・・「赤国」


<<国生み(海)神話>>

https://matome.naver.jp/odai/2138892582524490601

https://web.pref.hyogo.lg.jp/awk01/furusatogakusyu/documents/4syo-6.pdf#search=%27%E5%9B%BD%E7%94%9F%E3%81%BF%E7%A5%9E%E8%A9%B1%27

国(邑)を作った・・・
殆ど最初に作ったのが「島」
⇒「海神族の神話」=「八島」




http://www.genbu.net/saijin/iwatutu.htm

http://www.genbu.net/saijin/suminoe.htm

布都(経津)主も住吉三神も「筒男」  www